モデルの佐藤マクニッシュ怜子さん

10代の数年間をカナダで過ごし、帰国後、大学在学中にモデルとしての活動をスタート。
現在はモデル、ライフスタイルブランド「AMATERAS」の代表兼デザイナーとして活躍されています。

ナビゲーター 長谷川 ミラさん

1997年7月7日生まれ、南アフリカとのハーフでロンドンの美大(セントラル・セント・マーチンズ)に在籍する現役大学生!(現在休学中) 2017年より自身のブランド「JAMESIE」を立ち上げ若者に大人気。自身のライフスタイルを発信するYoutubeチャンネルも話題。

ナビゲーター 長谷川 ミラさん

自分らしく輝くゲストをお迎えする【CITROËN AWESOME COLORS】
今週は、モデルでライフスタイルブランド「AMATERAS」代表の佐藤マクニッシュ怜子さんをお迎えしました!よろしくお願いします!

ゲスト 佐藤マクニッシュ怜子さん(以下、マクニッシュ) よろしくお願いします!

ーマクニッシュさんとは、大変親しくさせていただいてるんですけども、出会いはそうですね、多分もう結構前から私は知ってて、共通の友人がすごいたくさんいて、で、友達にすっごい仲良くなるか、すっごい仲悪くなるか、合うか分からない、どっちがだよって言われてて。

マクニッシュ 共通の友達すごい多かったもんね。結果仲良くなりました。

ーよかった!笑 今日は改めてじっくりお話を伺えたらなって思ってます。この後、マクニッシュ怜子さんには、ご自身のブランド、ライフスタイルのお話、さらにはくつろぎ時間の話などたっぷり伺っていきたいと思います!佐藤マクニッシュ怜子さんをご紹介させていただきますと、10代の数年間をカナダで過ごし、帰国後、大学在学中にモデルとしての活動をスタート。テレビとかも出てましたよね。現在はモデル、ライフスタイルブランド「AMATERAS」の代表兼デザイナーとして活躍されています。まず、佐藤マクニッシュ怜子さんとご紹介させていただいたんですけども、マクニッシュさんっていうのは、お父様もお母様も日本人だけど、ミックスではないんですよね。

マクニッシュ ちょっと説明させていただくと、生まれは佐藤怜子で生まれて、カナダで10歳から育って。母がカナダ人と再婚をして、マクニッシュっていうセカンドラストネームがついて、佐藤マクニッシュ怜子に13歳の時になりました。

ーカナダではそのセカンドラストネームみたいな制度はありなんだ。

マクニッシュ そうなんです。

ーおもしろい、知らなかった!

マクニッシュ 今は結構マクニッシュさんと言われることあるので、ハーフって間違えられがちなんですけど、めちゃめちゃ日本人です。

ー10代の頃カナダで過ごされて、どんな学生時代だったですか?

マクニッシュ もうね、自然の中の、本当ネイチャーガールっていう、自然の子でした。

ーカナダのどこにいたんですか?

マクニッシュ ブリティッシュコロンビア州のケローナっていうところなんですけど、結構な田舎で、今結構どんどん発展してはいるんですけど、馬に乗って友達の家に行ったりしてたぐらい。ドライブ毎日したりとか、車を自分で運転して学校行って、放課後ボート乗って友達と遊んで、帰り友達ん家行く時馬に乗ってみたいな、自然の中の自然の子でした。

ーそうなんだ!今はすごい都会的なイメージだから。

マクニッシュ そうそう。めっちゃシティガールって思われるけど、全然もう早く自然の中に帰りたいと思ってる。

ー本当に!?ちょっと嘘だと思っちゃうけど。怜子さんはインスタとかSNSでかなり積極的に、カナダと日本の考え方の差とか価値観の差というのはよく発信されていますけども、具体的に何が大きく違うなとか、ご自身で大きく感じること、自分の価値観にどう影響を与えたと思います?

マクニッシュ 思春期は、ずっとカナダにいたから、それで得たことだったりとか、価値観が変わったこと、変化は今全て私がやってること生きてることに対して影響してると思ってて。それこそ今やってる会社の内容だったりとか、事業内容とかブランド名も、帰国子女だから生まれたアイデアとかもすごく入ってるし、その経験がなかったら今の私はないなっていうのが、本当に全部に対してあるから、ミラともプライベートでご飯行っても、いつもそういう価値観についてとか話すけど、話しきれないですね。

ー私は東京で生まれて東京で育ってるから、家庭の中が外国だったみたいな感覚で、イメージ的にはね、だから日本で生活しながらそういう感覚があったんだけど。帰ってきた時とか結構カルチャーショック的な感じ?

マクニッシュ 毎日がカルチャーショック。なんでこれダメなの?何でこうなるの?なんでこう言われるの?みたいな、一番私が大変だったのは、本当に自分が何人か分からなかった。最初日本に帰ってきた時に。カナダではずっと日本人の子って思われてたのが、日本に帰ってきて、英語が喋れるとか日本語がちょっと下手だったから、帰国子女とか外人とかっていう言葉で括られた時は、じゃ私何人なんだろう、あっちにいたら日本人、こっちにいたら日本人じゃない、じゃあ何人なんだろうっていう、アイデンティティークライシスがやっぱりありましたね。

ーよくね帰国子女の方、帰国子女っていう言い方も今いろいろ多様化が進んで分からないですけど、今の怜子さんに確実に影響されたと思うんですけど、モデルとして活躍する中で、大学在学中に起業。その時の話を当時共通の友達から聞いてて、ボストンに行って就活されてみたいなのが、大きなきっかけだったんですよね?

マクニッシュ そう。でもやってみたはいいものの、なんかこう自分を出せ出せって就活って言うじゃない?だけど就活スーツを着て、就活メイクをして、どう自分を出したらいいんだろう、どうここで、この中で自分を出すのかっていうのが、なんかそれだったら自分のやりたいこととか、自分の発信したいこととか、作りたいものを作りたいなっていうのをすごくその時感じて、あのね、1日、半日でもうやめた。いろんな企業の説明会とかめちゃくちゃ聞きまわったりしたけど、自分で何かやるしかないって思って、その2ヶ月後に会社を立ち上げました。

ーすごい!そんなに早かったんだ!

マクニッシュ やろうと思ったらすぐやっちゃうから、良くも悪くもね、気が早くて。

ー大学在学中に起業されて、ライフスタイルブランド、今日も着てらっしゃいますけど、「AMATERAS」を立ち上げられた。

マクニッシュ はい、そうです。

ー改めて、なぜ「AMATERAS」を立ち上げようと思ったんですか?

マクニッシュ ナイトウェアブランドから始まって、今は結構ウェアとかも出してるので、ライフスタイルブランドって言ってるんですけど。「AMATERAS」っていう名前にした理由が、帰国子女って言われる立場で、日本で生活してる中で、逆に私は日本人にすごくなりたかったし、前髪ぱっつんに切ってみたりとかして、日本人になりたいってずっと思ってたんですけど、周りの学校の友達とか日本の学校の友達とかは、ハーフはかわいいとか、帰国子女いいな、英語喋れてかっこいいなとか、海外に憧れを持つイメージの子がすごく多いなって感じて。それも悪いことではないんですけど、もっと自分の国もすごくこんなに美しくって、いいもので、文化とかもこんなに守り抜かれていて、素敵なものがあるんだよっていうのを知って欲しいなってすごく思って、っていうのが一番のきっかけで。あとは私にしかできないブランドをやりたいなっていうので、この「AMATERAS」っていうブランドは×洋っていうコンセプトを入れ込んだブランドを作ってるので。デザインとかも全部和柄が入ってたりとか。なので正直今、海外の人からの方がちょっと人気が出てるんですけど。

ーそうなんですね!

マクニッシュ 海外の人ってね、特に西洋の人とかって和柄やっぱり好きだから、それをうまく、ウェアとかナイトウェアとか、バスローブとかに入れ込んでるのがすごく反響を得ていて。きっかけはそうね、「AMATERAS」っていうのを作って、日本の人達にも日本のかっこよさを分かってほしいってすごく思った。

ーそれこそ私はハーフいいなーみたいなの言われてきたんだけど、ハーフに生まれてきちゃったもんで、何が良いのか悪いのか分からなくて。でも本当ね、一歩引いた目線で見ると、日本ってめちゃくちゃ良いところたくさんある国で、もう少し自分達自身もそれを感じて、自慢げになるといいし、ちょっとずつなってきてるのかな、どう思います?

マクニッシュ ちょっとずつね。グローバルになればなるほど自分の母国愛とかプライドっていうのは出せるようになってくると思うし、日本もちょっとコロナでストップしちゃってるけど、どんどん海外の人が入ってくるのが当たり前だったりとか、ハーフも当たり前とか、国際結婚だったりとか、国際的になるのが当たり前にはどんどんちょっとずつはなってると思うので、それがもっと当たり前になれば視野がまた変わるのかなって思いますね。

ーそれをファッションを通して発信していく、和ってかっこいいんだってね。

マクニッシュ そう、かわいいだけじゃなくて、かっこいいんだよっていうのをね、国内外の人達にも伝えたいなと思ってやってます。