クリエイティブディレクターの一法師拓門さん

クリエイティブディレクターの一法師拓門さんは、ニューヨーク・ミラノなどを中心にファッションを学び、21歳の時にデザイナーとしてのキャリアをスタート。海外のビッグメゾンや日本の高級ブランドにてデザイナーとしての経験を積み、2021年、デザイン事務所ConcePione (コンセピオン) を設立。 “社会を変えるデザイン”をテーマに前衛的な姿勢でクリエイティブワークに取り組んでいらっしゃいます。

ナビゲーター 長谷川 ミラさん

1997年7月7日生まれ、南アフリカとのハーフでロンドンの美大(セントラル・セント・マーチンズ)に在籍する現役大学生!(現在休学中) 2017年より自身のブランド「JAMESIE」を立ち上げ若者に大人気。自身のライフスタイルを発信するYoutubeチャンネルも話題。

ナビゲーター 長谷川 ミラさん

自分らしく輝くゲストをお迎えする【CITROËN AWESOME COLORS】
今週は、クリエイティブディレクターの一法師拓門さんをお迎えしました!よろしくお願いします!

ー一法師さんは、私と同い年の24歳なんですが、海外でのモデル活動や、大手ラグジュアリーブランドのデザイナーを経験するなど、とにかくすごいキャリアをお持ちで、今私のブランドは全てお任せしてる状態なんですけども。プライベートも仲良しですし、一緒にプロジェクトを進めている仲間なんですけども、今日こんな風に改めてお話伺うのは初めてですよね?

ゲスト 一法師さん(以下、一法師) 初めてじゃないですか?

ー初めてですよね。いろいろ普段聞けないようなことを、たっぷり伺っていけたらなと思います!お願いします!

一法師 お願いします。

ーまず、改めて一法師さんのプロフィールをご紹介させて頂くと、ニューヨーク・ミラノなどを中心にファッションを学び、21歳の時にデザイナーとしてのキャリアをスタート。海外のビッグメゾンや日本の高級ブランドにてデザイナーとしての経験を積み、2021年、デザイン事務所ConcePione (コンセピオン) を設立。 “社会を変えるデザイン”をテーマに前衛的な姿勢でクリエイティブワークに取り組んでいらっしゃいます。今年からなんですね!ConcePione。

一法師 今年です。

ーこのネーミングのアイデアはどこから?

一法師 造語なんですけど、新たなコンセプトのパイオニアになりたいなっていう。そこのコンセプトとパイオニアをくっつけて、ConcePioneになってます。

ーフレンチかと思った。コンセピオーンみたいな。違うんだね。

一法師 よく言われます。

ーまず海外でのファッションのキャリアのスタートについて伺いたいんですけども、これはモデルが先ですか?デザイナーが先ですか?

一法師 これはモデルですね。

ー一法師さんはパリコレモデルだったんですよね?

一法師 本当にあの恥ずかしながらですが。

ー本当に謙虚ですよね。まずなぜパリコレモデル、コレクションモデルになろうと思ったんですか?

一法師 本当にお恥ずかしい話なんですが、高校生の頃読者モデルみたいなものを一時期目指していて。短く話すと、その時僕が仲良くしてる幼馴染から、ちょっと今のお前ダサいよって。かっこよくないよ、みたいなこと言われて。幼馴染的にはモデルって語るなら海外のコレクション目指すぐらいじゃないとダメでしょ、みたいなのを言われて、確かにってなって。本当にだらしないボディだったんですけど、その一言で目覚めて、まずダイエットから始めて体絞ったっていうところから。そこから海外のコレクションモデルを目指そうって本気で思いましたね。

ー身長は何cm?

一法師 身長185cmです。

ー大きいねやっぱり。コレクションモデルってある程度身長がないとなれないですもんね。

一法師 そうですね。185ぐらいが一番ちょうどいいのかなという気がしますが。

ーそこでモデルを目指すわけですけども、どうやってパリコレモデルになったんですか?

一法師 最初はほんとツテも何もなかったので、とにかく体を絞って一人単身海外に渡ったところからが本当のスタートです。

ー日本のモデル事務所に所属してからとかではない?

一法師 ではないんですよ。

ーえー!モデル界でいったら異例かもしれない。まずはモデル事務所に所属して、キャリアとかポートフォリオとか、どういう撮影の顔をするのかみたいなのが必要じゃないですか。ブックって言うんですけど。ブックもない?

一法師 ブックは自分で作りましたね。本当に何もツテなかったので、ネットで検索した情報とか海外で知り合った人に、どこに行ったらオーディション受けられるの?みたいな。そこから話が始まって。でも結構いますよそう言う子は。

ー一番最初はパリ?

一法師 最初はニューヨークです。

ー結構いますよって言ったけど、あんまりいないと思う。モデルのニューヨークで活躍してる方とかも、みんなキャリア検索すると日本が一番最初が多いけど。最初にニューヨークに行かれたんですね。

一法師 そうです。

ーニューヨークはどうでした?

一法師 最初はもうそれこそ緊張しすぎて、何もできないぐらいのことでしたが、本当に一個一個丁寧にオーディションを受けたりして、そしたらまあちょっとずつヒットするようになったと言うか。

ーそれはワンシーズンでヒットするようになったんですか?それとも何回かニューヨークに通われて?

一法師 何回かですね。でもニューヨークだけじゃないんですけど、それこそパリ、ミラノ、ロンドンに行って。でもコレクションモデルってひとえに言っても、ショーっていうのももちろんですけど、フィッティングモデルとか、洋服を作る上でのマネキンの代わりになるようなモデルの職業とかもあって、色々経験させてもらいました。

ーそういったフィッティングモデルなどを経て、パリコレ、ニューヨークコレクション、ロンドン、ミラノ、全部歩いた?

一法師 本当にお恥ずかしながらですが。

ーなんでなんで!すごい!それでモデルとして成功されたわけですよね?

一法師 成功って言うほどの成功じゃないですが、頑張ってました。

ー飛び回ってたんですね。

一法師 かなり飛んでましたね結構。

ーそれは何歳ぐらいの時のお話ですか?

一法師 それは19、20とかそんなぐらいです。

ー19、20歳の時は飛び回って、日本にもほとんどいない感じ?

一法師 日本に帰ってきて、数日後にまた海外行くとかは経験としてありましたね。

ーその渡航費って払ってくれるんですか?

一法師 そこはまあ場合によります。

ー大変ですよね。だって移動費がちょっと電車賃160円とかとは違うじゃないですか。その負担ってどうなってるんだろうってずっと気になってて。

一法師 場合によりますね。あらかじめ決まってる場合とか、決まってない場合はもう自分で頑張って乗り込むっていう。