静謐な世界へ。
シトロエン新型C5 X Puretech180 Shine Packを
パリからルート・ドゥ・シャンパーニュで試乗する
フロントシートは、見た目からしてクッション性豊かな‘アドバンストコンフォートシート’で、身体を預けて早々、ゆっくりと沈み込むようなストロークで柔らかな触感を伝えてくる。水平基調だが緩やかに両端にカーブしたダッシュボードが、視界のよさと腕周りから手元にかけての広さを強調する。この空間が寒々しく見えないのは、素材感の工夫ゆえのこと。ハイエンドな車の内装としてウッドパネルは古典中の古典だが、C5 Xの内装ではウッドパネル表面にダブル・シュヴロンをモチーフとした柄が薄く彫り込まれ、同じパターンがソフトウレタンのダッシュボードにもレリーフ状にあしらわれている。シート表面にもダブル・シュヴロンがパーフォレーション模様で入っており、柄の大小と素材感コントラストで、内装全体にさりげないグラデーションが作り出されているのだ。柄同士を重ねるとどぎつくなりやすいところだが、全体としてモノトーンで、むしろ落ち着いたグラデーションに見せてしまうのが、すこぶる粋。そんな静的質感のインテリアだ。
トランスミッションはEAT8こと8速ATで、トグル状のシフトセレクターをDレンジに入れる動作は指1本で済む。その手前は、ドライブモードを「スポーツ/ノーマル/エコ」の3種類に切り替えるシーソースイッチで、ドライバー視界正面のメーターパネル内に選択したモードが表示される。あえて「コンフォート」が無いのは、デフォルトのノーマルで一台のシトロエンとして快適であって当然、そんな矜持でもある。
通りにそろりと踏み出すと、微低速域のマナーにもちょっとした「らしさ」。往年のDSやCXもそうだがゼロ発進時、アクセルのごく初期の踏みしろが敏感で、トルクが強めに立ち上がる。これは出足が軽く速くなる効果が高いが、不必要に踏み過ぎると少しリアが沈むほどの急発進という諸刃の剣でもある。そこでクリープで動きを感じる程度の半呼吸を入れてから、じわりとアクセルを踏む。するとC5 Xの車体は、優雅に石畳の上を滑り出す。いわば乗り手に対してエレガントに扱うことを、控え目ながらも主張するところがあるのだ。
低速域での、継ぎ目や路面の不整をスローにいなす上下動には、理由がある。フランス本国での認証値ながら、車重はたったの1467㎏。全長4805×全幅1865全高1485㎜の外寸を鑑みても、同クラスの他車を見渡しても、この軽さは例外的だ。ちなみにC5 Xには今回試していない方のPHEVパワートレイン、「Hybrid 225」も存在する。バッテリーやハイブリッド関連のメカニズムを積む分、こちらの重量はICE仕様より+300kgほど増す。だがガソリンICEの軽量なベースモデルの素性良さが、街乗りでの優しい乗り心地に、早速、表れていた。翻って、最大250Nmの限られたトルクでありながら軽いからこそ、せっかちなパリの路上の流れの中でも、相対的に加速と出足は速い。
東へ向かうオートルートことA4線、制限速度130㎞/hの高速道路上で印象的だったのは、EAT8のスムーズな変速マナー、長い登り坂のようなシーンでキックダウンからの力強い追越加速、さらに室内の静けさだ。これはフロント左右にまでアコースティックウィンドウ、つまり二重のラミネートガラスの効果も大きいが、フロア周りの振動がほぼ皆無で、ボディの高い遮音性と剛性感が少なからず貢献している。市街地走行時から速度域は明らかに上がっているのに、一貫した静かさで、聞こえてくるのはハミングのようなエンジン音に、オーディオやラジオの音、そして耳によく通る会話の声のみ。ルーフ上方からエアを抜くハイウイングと、ウインドウと同じぐらいの高さレベルの気流を整えるロワーウイングという、2枚のリアウイングの効果もあってか、風切り音も聞こえてこない。ゆえに再び相対的ながら、高速巡航中は車内の時間だけが、ゆっくり流れているような錯覚すら覚える。2785㎜のロングホイールベースによる優れた直進安定性から、ストローク感は豊かなのに、神経質な上下ブレがなく、芯の通ったフラットライドまで、あらゆる要素が有機的に絡み合う。まるで一枚の絵が浮かんでくるかのように、快適なロングクルーズに焦点が合っているのだ。
またアダプティブクルーズコントロールを使うにあたって、C5 Xほど簡単な車もない。ステアリングホイール上で左側、スイッチを上にスライドさせ、もう一つのボタンを押せば、走行中そのままの速度でレーンポジショニングアシスト機能付きのアダプティブクルーズコントロール機能がONになる。作動したかどうかは、手元やメーターパネル内ではなく、視界前方に映し出されたヘッドアップディスプレイで確認できる。12インチのワイドなタッチスクリーンと相まって、車内の操作インターフェイスはかなり直観的だ。
ランスの街では中心部近く、「マルシェ・ブーラングラン」を目指した。1920年代のアールデコ期に築かれたコンクリート建築の市場が、長らく廃墟になっていたところを数年前に修復され、今や往年の賑わいを取り戻している。近年、フランスの多くの都市ではパリもそうだが、「レ・アール」と呼ばれる公設市場が次々に再開発された。日常的に扱われる食品の搬送や売買はトレーサビリティの確立された、よりモダンで大規模な市場に任せ、昔ながらの市中の市場は有機野菜や地産名産の食材などの、少量生産者に充てられている。その一角にはたいてい、地元のチーズやワイン、海鮮や惣菜を厳選して扱う小さな売り場が連なっている。テイスティングだけでなく、その場で購入して空けたワインボトルと一緒につまんで味わえる。そんなフードコートに似た仕組みだが、むしろ角打ちのようなコーナーだ。当然、名にしおうシャンパーニュの産地であるランスの旧い市場は、土曜の午前中ともなると、冷えたボトルを囲んでアペリティフを楽しむグループが、そこかしこで賑わっている。車で来る人もいるが、小さな街だから帰りは歩けばいい、そんな気楽さもある。