駐車場「カーポート・ウィート」。彼は社長で個人事業主なのだ。
社名は「麦屋駐車場」をなんとなく英語化したもの。本来なら、「パーキング・ウィート」または「モータープール・ウィート」が正確である。カーポートは、ふつうは一軒家の車庫を差すからだ。でもこの名は、整備工場をつぶしてここを作ってくれた祖父がつけた。おじいさんは、すばるに母親がいないこと、父である自分の息子の病気がおもわしくないこと、自身の寿命にも限りがあること、近い将来すばるが一人になることを考えていたのである。ほどなく祖父、父が亡くなり、すばるは駐車場経営で食べてくことになった。そしてネーミングは奇しくも今の生活によく合っている。この子は看板代わりに入り口に停めてある車の中に住んでいるのである!
シトロエンのバン。タイプHY。色は渋い赤。かつての「麦屋車体工業」におじいさんとおばあさんが若き頃、おばあさんの父親が持ち込んだもの。身長167センチのすばるには十分な空間だ。ベッドもテーブルもあるし、台所だってある。トイレは祖父と一緒に整備工をしていた弦さんの家がすぐ隣なので、そこを使わせてもらっている。
入ってくる車に受付票を切り、出ていく車から料金を受け取る日々。一見平和、ある意味18歳の少年がするにはいささか退屈すぎる職業ではとお思いかもしれない。でも「住居として使われている」以外に、赤いシトロエンには秘密がある。実はお父さんなのだ。
この文章、何かの誤植ではないかと思われた方も多いであろう。でも病院で亡くなったすばるの父は、気が付いたらシトロエンに魂を宿していたのである!
ラジオのスピーカーを通じてすばると会話をし、小さなランプをチカチカさせて合図もする。そして駐車場の車の様子がお父さんには手に取るようにわかる。たとえば「犬が乗っているよ」「社内にアルコールの匂いがする」。そんな父がある日「トランクの中に人がいる」と言い出したことから第一の事件がスタート。
「車がお父さん」という飛び道具を読者に受け入れさせるために、それ以外の「そこはどうなっているの」をできるだけクリアにする。そんな工夫が本書にはある。たとえばすばるが外出したいときにはどうするのか、花咲商店街の大人たちは車中暮らしの未成年にどう関わっているのか。もちろん商売する者同士。甘えはない。ただ「契約」を超えた人情がある。
また、シトロエンを「家」とすることについて、「鉄板がボディだから直射日光を浴びるとすごく暑いよ」という声もありましょう。それに答えるように「クーラーを取り付けることもできるがエンジンかけっぱなしは地球にもお財布にもよくない、だから晴れた日はもうすべて全開。扇風機もガンガン回す」「近くに氷屋があるのでそこから板氷も買い、たらいに入れて置く」「溶けた氷の水は洗車に使う」とある。居心地いいように配慮され、愛され、丁寧に使われている車とすばるが、お父さんと息子として会話し、笑い、安らいでいる。読者はいつのまにか荒唐無稽をすんなりと受け留めるのである!
事件は「トランクに人」のほか、「いつもラーメンを5杯食べて帰る男の謎」「座席に“この車を処分してください”という手紙を残して消えた人」「置き去りにされた高級車」の4つ。「車は乗っている人に似てくる」というセリフが出てくるが、各車の様子と「わけあり人物」それぞれの人生が重なるのが読みどころ。そして弦さんが要所で手入れをしているので赤いシトロエンは動く。走る。わくわくするシーンを乞うご期待!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間室 道子(まむろ・みちこ)
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
撮影:清水 祐生