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シトロエン、その魅力は乗り心地 〜”Magic Carpet Ride” 魔法の絨毯を実現する”PHC”(プログレッシブ・ハイドローリック・クッション)

シトロエンの魅力は前衛的なデザインと革新的なメカニズムにある。中でも多くの人々を魅了したのは、独創的なハイドロニューマチックの”Magic Carpet Ride”、つまり魔法の絨毯と評された独特な乗り心地だ。そんな伝説のハイドロニューマチックを現代的に解釈したとするのがプログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)。新しい魔法の絨毯を搭載したシトロエンC5 XE-C4は、どこまでも走り続けたくなるシトロエンらしい乗り心地を受け継いでいる。

「シトロエン=乗り心地のよい車」

〜それは2CVDSで決定的となった

1955年に登場したDSは、宇宙船のような未来感溢れるスタイルと素晴らしい乗り心地のハイドロニューマチックで自動車の進化を2世代分飛び越えたと評された。

シトロエンは1919年に創業して以来、先進的な発想で新技術を次々と導入してきた。シトロエン車の特徴といえば、その乗り心地のよさである。最新のC5 XC4にも、プログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)という特別なサスペンションが採用されている。シトロエンの乗り心地のよさの源流は1955年発表のDS19で本格的に採用されたハイドロニューマチック・サスペンションだと言われている。確かにDSは「魔法の絨毯」のような乗り心地で人々を大いに驚かせた。

しかし、シトロエンの柔らかいサスペンションという点では、1949年に発売された大衆車の2CVに辿りつく。その足回りは前後を連動させ、複数のダンパーを組み合わせた独創的な方式である。開発を主導した当時の社長ピエール・ブーランジェは乗り心地に異例にこだわり、開発中の比較に高級車のロールスロイスを用いた。農家での使用も想定した2CVの開発目標には、「悪路を走ってもカゴいっぱいの卵が割れない」という項目があったことも有名だ。

戦前から開発が進められた2CVは低価格と実用性能の高さから大ヒットモデルとなり、戦後のフランスを代表する大衆車として1990年まで生産が続けられた。プリミティブな内外装とは裏腹に、アルミブロックのエンジンや前後関連懸架のサスペンションなどのメカニズムは非常に先進的なものだった。

ブーランジェはDSとして世に出ることになる上級車の開発でも、ソフトな足にこだわった。自分の乗るクルマのタイヤ空気圧をわざと低くすることもあったほどの乗り心地フェチだった彼が、ソフトさにこだわる理由はそれだけではない。ブーランジェは当時シトロエンのオーナー企業だったミシュランの幹部でもあり、そのミシュランは当時、世界初となるラジアルタイヤを開発中だった。ただ初期のラジアルタイヤは高性能でも乗り心地が硬かった。ハイドロニューマチックは、その乗り心地をよくするものだったのだ。

もちろん、当時のフランスの道は舗装が荒れており、そこを快適に疾走するのがハイドロニューマチックの狙いだったという通説も間違っていない。ソフトであると同時に、高速域でのロードホールディングも優れている、その相反する特性を満たすのが、この独創的な油圧車高調整式のエアサスペンションだった。それはDSのようなビジネス、時にはバカンスで長距離を走る当時の上級車に望まれていた性能だった。

DSの後継として1974年に登場したCXはハイドロニューマチックを受け継ぎつつ、GSをさらに進化させた流線型のフォルムが独創的だ。DSとはまったく異なるデザインにもかかわらず、DSと同じように多くの人に宇宙船を連想させた。

ハイドロニューマチックの夢のような乗り心地は人々を魅了した。ただ、ソフトな足ではやはりロールやピッチングなどの揺れが大きくなるのが宿命だ。クルマも道路事情も進化して走行速度が高まると、サスペンションはそれに対応して固めざるを得ない。70年代後半から80年代にかけてのハイドロニューマチックは初期のDSほどの柔らかい足ではなくなっていた。

1989年に登場したXMはハイドラクティブを搭載した最初のシトロエンとなった。ベルトーネによる直線基調のデザインはCXともDSとも異なるが、シトロエンのフラッグシップとして十分な存在感を示した。サイド後半のキックアップにC5 Xとの近似性を見ることができる。それは短命に終わったスペシャリティクーペ・SMにも繋がるデザインモチーフだ。

そのジレンマを解決するために誕生したのが、1989年にCXの後継、つまりDSの孫に当たるXMに採用されたハイドラクティブである。エアバネであるスフィアを追加し、電子制御によるオイル回路の断絶で通常は柔らかく、速度やステアリング操作に応じて固くすることを可能とした。ハイドラクティブはその後もC5C6に改良版が搭載され、時代の要求を満たしているかのように思えた。しかし、その独創的かつ複雑な機構は、開発・生産コストの増大を招き、グローバルの厳しいコスト競争を戦うのに重荷となっていく。

1955年のDS(厳密にはその前年にトラクシオンアヴァンの上級グレードの後輪に採用されていた)から始まったハイドロニューマチックの系譜は2代目C5を最後に途絶えた。日本では2015年に限定60台で発売された「Final Edition」がラストモデルとなった。

2017年、ついにハイドラクティブに終止符が打たれた。それはDSから始まった「油と空気のサスペンション」の系譜が途絶えてことを意味した。ただし、シトロエンは「柔らかいサスペンション」という文脈では次の手を用意していた。それこそが、C5 XC4に採用されているプログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)なのである。

「魔法は現代に受け継がれた」

〜シトロエンC5 Xはフラッグシップの新しい地平を切り拓く

DS以来、CXXMC6と続くシトロエンのフラッグシップモデルは、宇宙船とたとえたくなるようなドーム型のボディがトレードマークで、C5 Xもその世界観を受け継いでいる。5ドアファストバックのクルマは珍しくないが、C5 Xのスタイリングはほかとはひと味違い、歴代の旗艦たちと同様にいかにも伸びやかで優美な佇まいだ。C5 X5ドアボディは、セダンのフォーマルさとワゴンの実用性を併せ持つが、時代に即したSUVの雰囲気も加わっているのが新しい。

内装にも伝統が活きている。華美な装飾を施さない、現代的デザインがシトロエン上級車の特徴で、革新的な素材を用いて、先進的なデザインを採用してきた。先進的といってもよくあるロボット漫画のようなのではなく、フランスらしい大人のセンスを感じさせる、上質なデザインである。室内は遮音も効いて静かで、落ち着いた空間になっている。

シトロエンのフラッグシップが常にそうだったように、C5 XGT、グランドツーリングカーとしての高い資質を備えている。スタイリッシュな見た目からは想像できない、大きな開口部の広いラゲッジルームもその一つ。

C5 Xのいちばんの醍醐味はやはり走りだ。往年のハイドロニューマチックを彷彿とさせる。部品の共通化によるコスト削減が幅を利かす現代の自動車産業で、ハイドロニューマチックのような特別な機構を使うのはむずかしくなっている。そんな状況下にもかかわらず、シトロエンらしい「柔らかい乗り心地」を実現したのが、プログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)だ。PHCはダンパーの中にもう一つのセカンダリーダンパーを組み込んだ構造になっている。通常のダンパーは強い入力で底付きすると、ゴムやウレタン製のバンプラバーが受け止めるが、当たればショックが生じる。しかしPHCはバンプラバーの役目をセカンダリーダンパーが担い、強い入力をしなやかに受け止めるので、通常領域は柔らかく、深く沈み込むにつれ固くすることが可能だ。

元来は過酷な悪路を走るラリーカーなどで、サスペンションストロークの確保や底付きによる挙動変化を避けるために使われるもので、実際、シトロエンもパリダカールラリーやWRCで用いていた。これを快適性重視のクルマに使うのは聞いたことがなく、「フランスのエスプリ」という言葉もつい思い浮かぶ。ふつうに道を走るときに受ける比較的弱い入力で、しなやかさが発揮されるよう、仕立てているのだ。

ちなみに、乗り心地にはシートも効いている。往年のシトロエンは座ったとたんに沈み込むくらいソフトで、動力性能が向上し安全性能も求められる今のクルマではさすがにそこまではできないが、C5 Xのアドバンストコンフォートシートは、低反発の高密度ウレタンとソフトなスポンジを組みわせた構造で、心地よいクッションとなっている。密着して体を支えてくれ、長時間の運転でも疲れにくい。

PHCは車体には特別な設計が必要ない。それこそハイドロニューマチックとの最大の相違点だ。それでいてハイドロニューマチックの乗り味をかなり再現している。まさにコロンブスの卵である。C5 Xは、街中を低速で走っていても、DSのような柔らかさを感じる。しかし本領発揮は、速度が上がってサスペンションへの負荷が高くなってからだ。路面のこぶやうねりをふわりと浮くように超え、まるで雲にのるような感覚だ。

新しい魔法の絨毯であるPHCの最大の特徴は、その構造のシンプルさにある。エンジンで駆動する油圧ポンプ、その高圧の専用オイルを各輪に配されたスフィア(車種によってはステアリングやブレーキ、トランスミッションにも)へ届け回収する複雑怪奇な配管、などを必要としたハイドロニューマチックに比べると、信頼性の高さは段違いだ。

比べると昔のハイドロニューマチックのほうが揺れの戻し方が独特で、いかにも特別感があったが、それは人によっては違和感でもあった。PHCC5 Xはもっと自然で、違和感は少ないと思う。現代のクルマに要求されるレベルの操縦安定性と乗り心地のバランスという点で、PHCはハイドロニューマチック、ハイドラクティブに遜色がなく、むしろ優れているといってよいのではないかと思う。

さらに、C5 Xのプラグインハイブリッドモデルに採用されたアドバンストコンフォート アクティブサスペンションは、電子制御による減衰力可変機能を追加したPHCの最新版である。追加されたリザーバータンクに溜めたオイルを電制ソレノイドバルブでコントロールすることで減衰領域を拡大し、可変としている。通常領域のさらなる柔らかさを実現しつつ、操縦安定性を上げることも可能とした。とくにコンフォートモード選択時の柔らかさは格別で、今のクルマではあまり体験できないものだ。

シトロエン車のサスペンションの調律には独特のレシピがある。独自のレシピは人によって好みはあると思うが、料理にいろいろな味付けがあるように、サスペンションの「味付け」もいろいろあってしかるべき。PHCのこの乗り味は、まさに「味わう」ものになっている。

「実用性と魔法の絨毯の両立」

〜シトロエンC4 & E-C4に感じる、もう一つのシトロエンらしさ

「魔法の絨毯」の乗り心地は、ミドルサイズのC4でも味わえる。シトロエンは2CVのようなベーシックモデルでも快適な乗り心地にこだわってきたが、とくに1970年発表のGSでは高価なハイドロニューマチックを採用した。スムーズな空冷フラット4エンジンもあいまって、GSは気持ちよく走った。

空冷水平対向4気筒エンジン、ハイドロニューマチックなど、実用車としては異例に凝ったメカニズムを採用したGSは室内空間の広さもクラス離れしていた。短期間だったがロータリーエンジン搭載車も販売されている。

そのうえGSは室内空間や荷室が広く、実用性に優れたミドルサイズカーの傑作として高く評価された。そんなGSの良さは、その後も歴代シトロエンのミドルサイズモデルに受け継がれてきた。なかでも現在のC4にはGSを強く意識させる何かがある。GSのボディはCXなどの上級車種と同じようにドーム型だったが、C4がそのスタイルを継承していることも一因だろう。クラスを超えた室内空間の広さもそうだ。そしてハイドロニューマチックの代わりにPHCが奢られていることも、そう思わせる大きな理由だ。

C4にもアドバンストコンフォートシートが採用され、PHCの滑らかな乗り心地との相乗効果で長時間のドライブも得意科目。電動モデルのE-C4は床下のバッテリー配置にも工夫を凝らし、室内空間を犠牲にしていない。

C4の乗り心地にC5 Xほどの悠長さはないが、とくにEVでバッテリーが重いE-C4は低速でもなめらかな乗り味で、その快適さは一級品だ。C4も本領を発揮するのは、やはりスピードがのってから。車体がコンパクトで機敏に走れるので山道も得意だ。うねったり少し荒れた路面をふわりといなし、それでいてロードホールディングは優れている。足腰は鍛えられているが、強めの入力に対しては脱力したようにソフトに受けとめる。マジックのように不思議なPHCの運転感覚に魅了されてしまう。

日常使いプラスアルファの余裕があるラゲッジルーム、そして張り出しがほとんどないスクエアな開口部、どちらもGS以来のミドルサイズ・シトロエンの伝統だ。

伝説のハイドロニューマチックの現代的解釈とシトロエンが自負するPHC。そのMagic Carpet Ride”(魔法の絨毯の乗り心地)によって、C5 XC4も、ほかにはない快適さがある。それを味わうためだけに、どこまでも乗り続けたくなるという、稀有な魅力のあるクルマだと思う。

文:武田 隆  Takashi TAKEDA
写真:阿部 昌也 Masaya ABE
撮影協力:ホテルニューグランド https://www.hotel-newgrand.co.jp/

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