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一人の男が愛おしそうに1台のシトロエンを磨いている。

一人の男が愛おしそうに1台のシトロエンを磨いている。

もう一人の男が現れ“修理するんだったら、どこかで盗んで来いよ”と声をかけるが、返ってきた言葉は“この車には愛着があるんでね”。
これがアラン・ドロン主演で1977年に公開された『友よ静かに死ね』のファースト・シーンである。
一台のシトロエンを乗り付け、鮮やかな手口で銀行を襲う【シトロエン・ギャング】と呼ばれたギャング集団を主人公にしたフレンチ・アクションだが、一方では第2次世界大戦直後のフランスの混乱期を生き抜いた男たちの群像劇でもある。

ドロンが扮するのは【狂犬ロベール】と異名をとる集団のボス。
3人の部下を引き連れて酒場に出入りする。ダンディに葉巻をくわえ、野暮ったいアメリカ兵を圧倒する様子は爽快だ。
戦後を生き抜いた男たちを主人公にした日本映画では、傑作『仁義なき戦い』があるが、これは正にフランス映画版の『仁義なき戦い』と言えるが、決定的に異なるのが身に着けているスーツ姿のカッコよさだろう。ここだけで観客の男も女も虜になってしまう。

余談になるが、実はこの映画のドロンはあまり好まれてはいない。
その理由は彼の髪型。パーマをかけたモジャモジャヘアは、お世辞にも似合っていない。
ドロンと言えば『太陽がいっぱい』や『冒険者たち』などでみせた、手櫛で十分なサラサラヘアが売りだったのに、なんで、このヘアスタイルなの?と当時のドロンファンのティーンエイジャーの女の子たちは言ったのである。
【狂犬ロベール】の魅力に虜になったのは、観客だけではなく劇中で酒場に働いていたマリネットという娘も一緒だった。彼女はその男が、いわゆる暗黒街の住人だと知りながら惹かれていく。酒場では化粧しなければならないマリネットに、“素顔の方がキレイだ”とロベールからの殺し文句に、嬉しそうな表情をする様が可愛い。。
マリネットに扮するのは、すきっ歯が印象的な女優ニコール・カルファン。
フランスには伝統的に、すきっ歯の美女が登場するが、代表的なところはジョニー・デップと結婚したヴァネッサ・パラディと、『007』でダニエル・クレイグと共演したレア・セドゥだろう。
ニコールは、1970年のドロンの代表作でもある『ボルサリーノ』に脇役として出演しているが、その時の監督は同じジャック・ドレ―。おそらく監督と、主演だけでなくプロデューサーも兼ねるドロンに気に入られての今回の抜擢ではないだろうか?

同じ監督と仕事をする傾向にあるドロンは1970年代には、このドレ―監督と組み『ボルサリーノ2』と『フリック・ストーリー』などでフランス映画界を支え続け、特に後者の『フリック~』では敏腕刑事を演じ、極悪犯罪者にジャン・ルイ・トランティニャンと激突、見事な刑事アクション映画を作り上げている。そして、2年後にこの『友よ静かに死ね』が生まれたのだ。

シトロエンDS

恋人となったマリネットの回想形式で映画は進み、ロベールの生い立ちや優しい一面も描かれる叙情的な部分にも大いに魅せられる。なかなか映画史の中では語られない映画ではあるが、男たちの友情映画が得意なドロンならでは作品として必見である。

代官山 蔦屋書店 映像担当コンシェルジュ

吉川 明利(よしかわ・あきとし)

小学校6年で『若大将』映画に出会い、邦画に目覚め、中学3年で『ゴッドファーザー』に衝撃を受け、それからというもの"永遠の映画オヤジ"になるべく、映画館で見ることを基本として本数を重ね、まもなく49年間で10000本の大台を目指せるところまで何とかたどり着く。2012年より代官山 蔦屋書店映像フロアに勤務。

イラスト:Naho Ogawa
撮影:清水 祐生