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なんと語り手は車!ご主人一家が巻き込まれた事件の数々を彼の目線から描いていくユーモアミステリー小説である。

なんと語り手は車!ご主人一家が巻き込まれた事件の数々を彼の目線から描いていくユーモアミステリー小説である。

クルマ側の主人公は緑色のデミオで、人間側は仙台在住の望月家。この家の大黒柱は夫を十年前ほど前に亡くした四十代の母・郁子で「文句を言うためだけに死んだ夫を生き返らせたい」という発言からもわかるようにパワフルかつ素っ頓狂だ。長男・良夫はデミオの持ち主。名前のとおりグッドマン(としかいいようがない平凡な)二十歳で免許取りたて。長女のまどか十七歳は思春期&反抗期の真っ最中だ。そして家族全員に「この家でいちばん大人びている」と認められているのが末っ子の亨。

ある日良夫と亨が乗っていた緑デミに走り寄り、乗り込んで来たのは、日本を代表する人気女優だった。この珍事に、芸能記者、亡き祖父の遺産である莫大なキャラクター収入があり人生で一回も働いたことがない男、フランク・ザッパが大好きな校長先生、帽子投げ名人の主婦、悪の権化(!)などがからむ。望月家と愛車の活躍と顛末は?!

読みどころはなんといってもクルマたちの生態だ。彼らは自分の機能ながらクラクションをきらっている。なぜなら、下品だからだ!スピードメーターやワイパーに使いもしない最速が設定してあるのも愚かしいと思っているし、車輪の数に比例して高度な知性を持っていると信じているので電車をすごく尊敬している。

車の業種別性格も面白い。タクシーの大半は情報通の噂好きで、妙にプライドが高い。口癖は”君たちと違って我々は常に走っているからね”。他と比べてタイヤの減り方がまるで違うのをたいへん自慢に思っている。一方それこそ朝から晩まで忙しい宅配のトラックは大きな態度を取ることがない。労働にたずさわるものには三大欲求――「認められたい、役立ちたい、褒められたい」があり、行く先々で「ご苦労様」とか「ありがとう」とか言ってもらえる宅配便は、これらが満たされているからだろうか、とデミオは思う。

車における日常用語もすばらしい。あきれ返ることは「開いたボンネットが塞がらない」。何かがずれているという違和感は「半ドアか?」で表され、重たい気持ちは「過積載のトラックはこんな感覚なのか」となる。

黒のシトロエン エグザンティアが登場するのはファミリーレストランの駐車場。「セダンタイプで前面が平たくなっており、スマートな印象で、シンプルな上に颯爽とした佇まい」と描写されている。そばには「メタリック系の銀色で、シトロエンと似ている体形でありながらも少し派手、シトロエンの鼻の部分が山型の「へ」に似た形をしているのに比べ、その反対のⅤに似た鼻部をしている」と描かれるアルファロメオ156が駐車中。フランス車とイタリア車は口喧嘩をはじめるのである!

シトロエン エグザンティア

でも、そばにいたヴィッツにあることを指摘され両者(両車)が互いに「それを言わないでよ」と照れ臭そうにするのがなんともいい。金属とガラスとゴムでできているけど、本書のクルマたちには血が通っている。

この後も、シトロエンとアルファロメオは大団円近くに登場。お話にどういう絡み方をするか、乞うご期待!

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ

間室 道子(まむろ・みちこ)

雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

イラスト:Naho Ogawa
撮影:清水 祐生