俳優、サヘル・ローズさん

1月に「言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”」を発売したサヘル・ローズさん。
著書にまつわるお話、また現在行われている子供たちへの様々なサポート活動について、
さらにはくつろぎ時間の話などたっぷり伺っていきたいと思います!

ナビゲーター 長谷川 ミラさん

1997年7月7日生まれ、南アフリカとのハーフでロンドンの美大(セントラル・セント・マーチンズ)に在籍する現役大学生!(現在休学中) 2017年より自身のブランド「JAMESIE」を立ち上げ若者に大人気。自身のライフスタイルを発信するYoutubeチャンネルも話題。

ナビゲーター 長谷川 ミラさん

ここからは、自分らしく輝くゲストをお迎えする【CITROËN AWESOME COLORS】
今夜は、俳優のサヘル・ローズさんをお迎えしました。よろしくお願いします!

ゲスト サヘル・ローズさん(以下、サヘル・ローズ) よろしくお願いします!

ー1月に発売されたサヘルさんの著書「言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”」は
早くも増版が決定、ネットでは在庫切れになるなど、大きな反響を呼んでいます。こちらの本、私も読ませていただいたんですけども、当事者の声を翻訳というか訳を介さず日本語で書かれてる本って言ったら良いんですかね。イランとかイラクとか、それこそ日本からしたら遠くの国って言われてる場所で起きたことを、日本語で読めるっていう事がすごく新鮮でした。この後、サヘル・ローズさんには、新刊のお話、また現在行われている子供達への様々なサポート活動について、さらにはくつろぎ時間の話などたっぷり伺っていきたいと思います!

サヘル・ローズ ありがとうございます!よろしくお願いします!

ーCM中、サヘルさんとお呼びしていいですかって言ったら、もちろん!さっちゃんでも!と言っていただいたので、今日はちょっと、さっちゃんと呼ばせていただこうかなと。笑

サヘル・ローズ 嬉しい!ミラちゃんはなんて呼ばれてるの?ミラちゃん?みっちゃん?

ー今日はみっちゃんとさっちゃんでお送りさせていただけたらなと思います!さっちゃんの著書「言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”」は、ご自身の体験をベースに生きづらさを感じている人達へのメッセージが花束のようにまとめられています。まずは本にも書かれているご自身の体験について伺わせてください。イラン・イラク戦争で家族を失い、幼少期をイランの施設で過ごされたさっちゃんでございますが、養母であるフローラさんとの出会いが人生を大きく変えたそうですね?

サヘル・ローズ そうですね、戦争孤児になってしまったのが4歳で、4歳から7歳をイランの孤児院で、他の仲間達も戦争によって親を奪われてしまった子達と共同生活をしてたんですけれども、週一、いわゆる養子縁組を考えてくれる大人は来てくれてたんですが、やっぱ引き取ってもらえる子供って0歳から4,5歳が一番人気があって、変な言い方なんですけど人気がある。それは大人も決して悪気はなくて、ですが記憶が定かではない、まだ一体どんな状況下に置かれてるかを理解しきれてない子の方が、心の心理的に傷ついてないでしょ、さほどはまだ。でもそれ以上大人になっていくと、私もよく職員さんに、ここどこ?お父さんお母さんどこなの?やっぱテレビの中で流れてくる家族を見るわけですよ。でも流れてくる映像と自分達の生活って全然違ってて、理解ができない。ここはどこなの?って聞くと、やっぱりその物語のように、お父さんお母さんはね、お空にいるんだよってすごく優しく教えてくれるんですけど、やっぱ年齢が上がっていくと、何かが違う、何かが変だ、しかも週一で誰かは来る、その大人に対して、「思いっきり笑いなさい、自分をアピールしなさい」って謎の言葉だけが、自分達には言われて、でその大人と会うと、その中から何人かの子はやっぱり引き取ってもらえるけれども、残ってしまう子もたくさんいて、私も7歳の時まではなかなか養子縁組には恵まれなかったんですが、7歳の時に今の母と出会い、本当不思議なんですけど、いろんな大人と出会ってきたのに彼女だけだったんですよ。第一声が、お母さんって彼女のこと呼んだんですよね。生みの親の顔全く覚えてないので、何故彼女のことをお母さんって呼んだのかは分からないんですが、その言葉がきっかけとなって、彼女は当時結婚もしていたし、子供が授かれる健康体の体だったんですけど、私を引き取るために、当時のイランのルールでは子供が産めない女性にしかその権利はなかったんですよ。

ー里親になる権利が与えられなかったんですね。

サヘル・ローズ そうなんです。でその母は、私を引き取るために手術を施し、子供が産めない体に自分を変えたうえで私のことを迎えに来てくれて、もし養母と出会ってなければ今の名前も、サヘルローズって名前もなかったし、今の誕生日も、今のお母さんとの養子縁組が成立した日付なので、私は自分がどこで生まれたのか、本当の名前も本当の誕生日も分からないんですよ。全て8歳で養子縁組が成立した後にいただいた第二の人生が今なんです。

ーサヘルローズというお名前は、お母様がつけて下さったんですよね?

サヘル・ローズ そうなんです。

ーどういった意味があるんでしょうか?

サヘル・ローズ 今の私はよく喋る、だからよく黙ってほしいって言われるんですけど、あの時は真逆で、子供達と共同生活をしてる時って自己表現ができなくなってしまって、全く会話ができない子供だったんですよ。砂浜のように静かな子供だったから、サヘルというのは砂浜という意味なんですね。砂浜に咲く薔薇、サヘルローズっていうのは、薔薇というのは砂漠だったり砂浜で育つ事って困難なんですね。でもあなたが今後、どんなに過酷な状況、困難な状況に置かれても、一輪の薔薇のように生きて欲しいって言う養母の想いが詰め込まれて、でも薔薇のように棘は一切ないので、安全です。

ーそしてお母様と一緒に8歳の時に、来日されたんですね。様々な困難を二人で乗り越えてきたと思うんですけども、日本ではどのような経験をされたんですか?

サヘル・ローズ もし困難と言われると、路上生活をしていた時期ですかね。頼って日本には来たんですが、いろんなことがあって、家を出なければいけなくなってしまって、母と二人になり、母子家庭になった状態なんですね。言葉も宗教も全てが異なる地で、誰にも頼れない、私はまだ小学2年生、お母さんも必死で工場で働いてはいたんですけれども、家を出された時どこにも行けなかったので、公園で野宿をして、でご飯は試食コーナーでフルコースいただけるんですよ。

ー最初無料じゃないと思ってたんですよね?

サヘル・ローズ そうそう、でも無料だって気づいた時から、二周して、運がいい時はデザートがついてくるので、それを食べてたんですけど、その時に、本当に出会いこそ生きる力だなと思うんですけども、試食コーナーのお母さんがご飯を与えてくれたり、学校で給食を作っていた給食のおばちゃんが、いわゆる2週間洋服変えてないんですよね。でお風呂にも入ってないので、この子なんか問題抱えてるんじゃないかと。で私が帰ろうとした時に、大丈夫?ってお節介をしてくれた。そのお節介をしてくれる地域、社会、コミュニティが、当時29年前は根付いてたので、その日本の方々の声かけ助けによって、ちゃんと日本でお母さんが生きていくためのビザを切り替えて、で住む場所も確保できてっていう、少しずつ居場所を見つけることができたのは、この国の、日本の方々の思いやりだったんですよ。そう続けばよかったんですけど、中学時代は国籍のことだったり、他と違うってことがどうしても噛み合わない思春期ってありますよね。その中学3年間はいじめがとてもひどくて、で中3の時に自殺を図ったんですけれども、その時母親の言葉が今でも忘れられなくて。死にたいって感情を訴えかけたら、止めると思うじゃないですか。養母の言葉は“いいよ”って。死んでもいい、でもお母さんも一緒に行くね。サヘルのために捧げた人生だから、サヘルが存在しないここには私の居場所がないし、一緒に行くって手を握ってくれたんですよね。で死に片足入れた瞬間、生きるって自分一人で生きてるんじゃないんだなって。みっちゃんもそうだけど、家族がいて、誰かが支えてくれていて、誰かが見てくれている。現代社会は真逆な社会になってしまってて、みんな個人、孤立をしてしまっている社会じゃないですか。

ー特に日本はなんだかそう感じてしまいますね。

サヘル・ローズ そうなんです。特に感じるのは、29年前で良かったなと思うのは、今の電車乗っていても外を見ていても、みんなの目線は携帯の中なんですよね。

ー下向いてますよね。

サヘル・ローズ そうなんです。でも実は自分の中の、この手元で作ってしまった小さな世界には事実っていうのはなくて、人のSOSもモールス信号もそこには届いていないんです。自分が見たいページを開くし、自分が見たいものしか見ない、しかも流れてくる情報だけを、タイトルだけ読んであたかもすべてを知った気持ちになってしまうけれども、今日ここに来るまでも電車を乗り継いで歩いている時に、路上生活者の方増えたなって。しかもコロナ以降それがすごく増えてしまっていて、その方々がすごい若いんですよ。洋服も新しい、年齢も20代後半か30代、じゃそういう方々が率先して路上生活になってるかって言ったらそうではなくて、社会から置き去りになってしまった方々、取り残されてしまった方々、ですから私達も、みっちゃんも私も、もしくは起業家の皆さんも、潤ってたりとか自分の発言ができることだけが当たり前じゃない、そうなれない声を置き去りにされてしまった方々の代弁者になるのが、私達の役割だと思うんですよね。ですから私は常に自分の足で現場に行きたいし、政治家の皆さんにも、そういう車にただ乗って移動するんじゃなくて、率先してちゃんと世界を見て欲しい。

ーそうですね。

サヘル・ローズ 私は自分の足で現場にいつも行くので、それってすごく大事だと思うんですよね。現実を見る、何が起きてるのかを私達が自分の肉眼で見て、そして何か異変を感じたら自分の家族友人に、大丈夫?って。すごく大事なことって、ねー元気?っていわゆる最初から大丈夫でしょうっていう言葉って、相手は苦しいってことが逆に言えない。だから相手がちゃんと苦しいことが言える言葉の橋渡し、キャッチボールってすごく大事なんですよね。

ー今すごくね、こういった状況下の中で、いろんな世界の最新情報デジタルのスマートフォンで、すぐ入ってくる世の中にはなってきましたけど、本当に目の前の人、人を大切にできているのかっていうのは、自分自身、私自身も含めて今一度な問いかけ直したいですね。

サヘル・ローズ そうなんです。不思議で、人を大事にするってことは自分を大事にしてることに繋がるんですよね。よくあの本当にありがたいことなんですけど、どうしてそんなに真っ直ぐなんですかって、どうしてそんなにポジティブなんですかって言っていただけるんですが、それは私の周りの方々がそういう人で溢れていて、周りにいる人が鏡として反射するんです、自分自身に。だから私はそういう仲間に感謝したい。ありがとう、私をこういう風に育ててくれて、こういう人間にしてくれてありがとうって。人に優しくすれば、それは自分に返ってくる。言葉の刃を人に振りかければ、ブーメランのように自分に返ってくる。だから、あなたの今使ってる言葉はどんな言葉ですかっていう問いかけをしたい一冊だったんですよね。

ー改めて、この本を通じて、今メッセージをいただきましたけども、子供だったり若者に伝えたいことは何ですか?

サヘル・ローズ 一人じゃないよ。苦しいのは、本当にみんな苦しい。そのために私はこの本で決して自分の強さは提示してなくて、自分の傷口、苦しかったことをあえてさらけ出しているのは、人って強がって生きてるんです全員。でも強い人を目の前にして、自分の弱さってさらけ出さないので、あえて私は弱さを自分の長所にしてます。強くはなろうとはしてない。でその弱い私を提示することによって、今苦しい、どうしたらいいか分からない人にとって、なんだこの人もそうなんだ、自分だけじゃなかったんだって。一人じゃないっていう、ただ純粋にそれを伝えたいと同時に、頑張らないで、頑張らなくていい。学校に行きたくない人には行かなくていいって言いたいし、選択肢はいくらでもあるし、今社会は頑張れ頑張れって、頑張れない人はダメだみたいな風潮があるけど、そんなことない。一人ひとりの歩があるし、一人ひとりしかできないことがあるので、自分の生き方を探してごらんって。だから自分育てっていうタイトルをつけてます。

ー1曲お送りしたあとも、引き続きサヘル・ローズさんにお話を伺います。